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プロになった選手たちの特徴 その1「ティモ・ペアテル」

 かつての教え子Timo Perthel(ティモ・ペアテル)は、今シーズン3部リーグの1. FC Magdeburgでプロとして12シーズン目を迎え、31歳となった今もトップレベルで活躍しています。9月20日の開幕戦には左SBとして先発出場したものの、その後膝に問題を抱えて、現在は残念ながら戦列から離れています。

 

 ティモを指導したのはシーズン2001/02、SV Werder Bremen U13で、自分はその育成チームのコーチでした。U13はDユース(D-Jugend)の1軍で、ブレーメン地域におけるエリートが集められていました。

 彼はSV Werder Bremenでユース時代を過ごし、成人チームではそのままSV Werder Bremen Ⅱ(リザーブチーム)へ進み3部リーグでプレーしました。

 シーズン2010/11、ティモはオーストリアのSturm Grazへ貸し出され、そのクラブのオーストリア1部リーグでの優勝に貢献しました。

 U18〜U20ドイツ代表にも選ばれた経験を持っていて、13試合に出場して2得点を記録しています。

 

 ここに載せている写真はどれも、2008年9月19日に行われた3部リーグの試合FC Bayern München Ⅱ 対 SV Werder Bremen Ⅱの試合直後のものです(写真に入っている日付は、間違っています)。ピッチから更衣室へ向かう途中で少し脇道へそれてもらい、久しぶりの再会をしました。

 当時自分はペンツベルクという町に住んでいて、ミュンヘンまでは電車で1時間ほどで行けました。この日は、成人チームの中でのティモのプレーを見ることができ、また短い時間ではあったものの直接話すこともでき、嬉しい、また懐かしい時間を持つことができました。ティモも予期しなかった再会が嬉しかったようで、「来年5月にWacker Burghausenとの試合でまたバイエルン州へ来るけど、健二また見にきてよ」と言ってくれました。残念ながらブルクハウゼンは遠いため、行くことはできませんでしたが、嬉しい言葉(お誘い)でした。


 ちなみにこの試合は1対1の引き分けに終わり、ティモは左SBとして先発し80分までプレーしました。バイエルン・ミュンヘンのチームの中には、現在もバイエルンに所属しドイツ代表のトーマス・ミュラーの顔もありました。


別れ際の「追っかけ、そしハグ」


 ティモとの思い出で真っ先に思い出すのは、自分がSV Werder Bremenを去り、ペンツベルクへ向かう日のことです。

 詳しいことは覚えていませんが、確かシーズン最後の練習試合か何かのときで、いつも練習の際に集まるSV Werder Bremenのクラブハウス脇でチームとして集合したときが、U13(Dユース1軍)の選手たちとの最後だったと記憶しています。私がペンツベルクへ移動する列車の時間との関係で、その試合の最後までチームと一緒に居られなかったのだと思います。

 

 クラブハウス脇には壁際にベンチがあり、17人の選手たちは皆、そこに座っていました。左端から順番にそれぞれの選手と握手を交わしながら挨拶をして、一番右端の選手とも挨拶が終わり『これで終わった』と思い、全員が座っている前を通り過ぎその場を立ち去ろうとしました。と、そのとき、一人の選手が追いかけてきて、振り返った私をハグをしながら「ねぇ、健二。残ってよ。どうしても行くの?残ってよ。何とか残れないかな?」と言いました。その選手が、ティモでした。

 

 とても嬉しい言葉でした。その優しい言葉に応えることができないのが、とても残念でした。このシーンはその後何度も思い出しますが、あとあと思い返してみると、たぶんティモはあのときああ言いながらも、残ってもらえる可能性は低いと思っていながら声を掛けてくれたのだと思います。きっと『それでも言っておきたい。聞いてみたい』と思い、追いかけてきてくれたものだと想像しています。

 しかしながらこの行動から、ティモがとても熱いハートを持った人間であることがうかがえる、典型的な逸話ではないかと思っています。のちにアンダーカテゴリーのドイツ代表に選ばれ、さらにプロ選手となったティモ、こういうハートを持ち合わせた選手がプロ選手になるということを、自分へ教えてくれたのだと感じています。


戦術好き?勝負へのこだわり


 ティモと一緒に戦ったU13の試合で忘れられないのは何と言っても、ブレーメンのとあるチームとの対戦でした。残念ながらクラブ名は忘れてしまいましたが、(こう書くと大変失礼ですが)ブレーメン市の中では特別強いクラブではありませんでした。

 そのクラブとの対戦が少し普通ではなかったのは、4日間くらいの間に2度対戦したことでした。一つはブレーメン市のカップ戦、もう一つはリーグ戦でした。記憶が正しければ、週中でカップ戦、その週末にリーグ戦だったと思います。

 

 その対戦相手が異様だったのはともかく、フィールドプレーヤーの10人の内、7人がペナルティエリアの中に試合時間すべて、最初から最後までずっと留まっていたことでした。ボールを奪ったら、エリア外に居る3人へ渡し、攻撃に参加するのはその3選手のみ。他の7人はペナルティエリアを出ることはおろか、エリア内でのポジション取りも一切変えません。
 この超変則的な戦法を完璧にしたのは、GKでした。身長が高く、左右へのセービングも上手な選手で、高いボールも強く、センタリングをことごとくキャッチしました。

 我々は、試合時間のほとんどを敵陣で攻撃し続けました。しかしながら、ペナルティエリアに7人、エリアのすぐ前に3人を揃えた布陣を破ることは並大抵のことではありませんでした。まさに「言うは易し、行うは難し」の世界。

 相手選手が集まる狭いスペースでは、パスもドリブルも途中で引っかかってしまい、なかなかシュートまでも持ち込めません。それならばと、飛び道具で左右からボールを放り込むと、背丈のあるGKがすかさず飛び出してきて、ボールをやすやすと手中に収めてしまいます。

 

 ブレーメン市、そしてその周辺地域から集められたエリート軍団も、こんな新手の戦法で挑む相手に正直攻め手を欠いていました。常に攻撃するものの、一向にゴールを割ることのできるシーンを組み立て、演出することができないまま時間だけが過ぎていきました。

 そして、その一方的なゲーム展開ゆえに、チームの中に不思議な現象が生じ始めていました。それはいつもは落ち着いて守備をするCB二人が、今までに見せたこともないミスを連発し、バタバタとした守備を見せていることでした。

 もちろんある意味仕方のないことです。ほとんどの時間攻めているので、時折カウンター攻撃を仕掛けられるとまるで闇夜で不意打ちを喰らったような格好となり、あたふたと対応する羽目になっていたというわけです。


「こんな選手がプロになる」の一つのモデル


  前半を0−0で折り返したものの、後半ついに失点を喫してしまいました。3人だけで攻める相手が、うちの堅いセンターバックコンビを翻弄し、とうとう避けたかったことが現実となってしまいました。

 失点後同点を目指し、それまで以上にさらに強く激しく攻め立てたものの、結局ゴールを割ることができず、敗戦となりました。優勝候補のSV Werder Bremenがカップ戦で、まさかの早期敗退です。

 

 そして数日後今度はリーグ戦で同じ相手と、それもまた同じホームでの試合。相手チームは、また同じ布陣。驚異のプレーシステム、7:3!

 

 時間を戻して、この同じ対戦相手と違う大会でもう一度戦う前の出来事をお話しします。練習後クラブハウスで座っていると、ティモが私のテーブルまで来ました。「今度また同じチームと対戦するけど、どうやったら勝てるのかな?何か健二、考えていることないの?」という話になりました。

 すかさず自分が温めていた案を、彼に説明しました。「ティモ、我々が得点できるチャンスは、アーセナルゴールしかないよ」(アーセナルゴールとは、左右からのセンタリングされたボールをニアポスト、GKの前でボールに触り、ゴールへツンッと入れてしまうゴールのこと)。ティモは同じテーブルへ座り、私はいつも持ち歩いている携帯型戦術ボードをバッグから取り出し、机の上に開きました。

 

 「ともかくペナルティエリア内に7人も立っているのだから、パスやドリブルで抜け出してシュートまで持っていくのは、難しい。実際、この間の試合では数少ないチャンスしか作ることができなかった。ほとんどの試合時間、うちが攻めていたというのにもかかわらず、だ。

 次に考えられるのは、センタリングしてヘディング、あるいはボレーキックで狙うゴールだが、これも前回の試合で痛いほど味わったが、向こうはGKが背が高く、またセービングなどキャッチングもとてもうまい。

 だから、アーセナルゴールだ。ティモ、君はセンタリングが上がるとき、ボールの行方を予測してボールの来る所へ突っ込んで行く必要はない。単純にGKの少しボールサイドへ走り込めばいい。ボールがそこへ来ないこともあるだろうけど、それはそれでいい。その代わり、GKがこれまで通りキャッチしようとするようなボールが入って来たら、君の出番だ!彼の前(ボールとGKの間)に飛び込み、ボールをかすってでもいいから触るんだ。GKにキャッチングでもフィスティングでもさせてしまったら、もうおしまいだから。その前に触るしかない。FWはそれだけを狙っていればいい」

 

 戦術ボードを使って大方説明したときに、ティモの父親がテーブルへ来て「ティモ、行くぞ」と告げた。「もっと聞かせてよ。今、健二から今度の試合のこと、聞いてるんだ」とティモは返した。そのときのティモの顔は、これで勝てるかも知れないという思いからか、爛々とした目をしていた。

 どうすれば勝てるのか?そのことに対して、とてもまっすぐな意識と態度を示すティモの一面を表す、ある日の小さな出来事でした。

 

 前出の別れ際に追いかけて引き止める「情の熱さ」、そして試合における戦術に「真摯に向かい合う姿」、この両方からなぜティモがプロ選手まで駆け登ることができたのか?を窺い知ることができるのではないか?と感じています。日本とドイツでこれまで指導してきた選手たちの中から、ほんの一握りの選手しかプロ選手になることはできていません。少ない例ではあるけれども、今回紹介したティモのような選手が、プロ選手になれるのだと信じています。

 

追伸

 2試合目のリーグ戦の結果ですが、有難いことに1対0で、勝つことができました。もしどちらかの試合だけしか勝てないのであれば、それはもちろんカップ戦であって欲しかった、というのが我々U13の偽らざる本音でした。

 得点したのは、もちろんティモ・ペアテル!センタリングを難なくキャッチすると思われた相手GKがまさかのミス、2試合を通じてたった一回だけ見せた間違いでした。手に当てたボールをまっすぐ地面へと落としてしまいました。「落とした」というよりは、「はじいた」という感じ。勢いのあるボールが地面に着くや否や、そのボールをつま先で50 cm向こうにあるゴールへ突き刺したのは、GK脇へ詰めていたFWのティモでした。