第8話【風雲編】ホームゲームでメンバー不足?


店主 坂本健二のドイツでの挑戦の記録 16年間の軌跡を時系列に沿って紐解いていく


ホームゲームで選手は6人しか集まっていない。坂本の率いるD-ユースの試合はどうなる?
ホームゲームで選手は6人しか集まっていない。坂本の率いるD-ユースの試合はどうなる?

6人しか居ない?試合不成立?


 1998年6月にドイツへ渡った坂本は、その3カ月後すぐに総合型地域スポーツクラブTSVイッフェルドルフでDユース・チーム(小学校5、6年生、下の写真を参照)の監督を引き受ける幸運(不運?)に恵まれていた。そして、まだシーズン1998/99が始まって間もない、ホームゲーム当日の出来事。坂本が予想もしなかった事態に陥る。

 

 集合時間をとうに過ぎたが、自前の選手たちは遅れてきた一人を含めてもまだ6人しか集まっていない。選手たちが人数が足りないと騒ぎ始めたとき、そこへ相手チームの保護者たちの車列が到着し、続々とクラブハウス横の駐車場へとなだれ込んでくる。

 

 『ああ、もう来ちゃったか?』と坂本は駐車場を眺めながら思った。これまで日本で指導していた際に選手の数が足りなかったことなど遭遇したことがなかったため、一体何をどうしたらいいのか?わからずにいた。ましてや、そこはドイツだった。

 やがて相手チームの監督が車から降りてきて、対戦相手の監督(坂本)を探し始めた。

 

相手チーム監督「おーい、Dユースの監督さんは居るか?」

坂本「あっ、私が監督です。こんにちは」

相手チーム監督「やあ、君か。こんにちは。なんかそっちは人数が少なそうだな?」

坂本「ええ、実は6人しか居ません」

相手チーム監督「何?選手が足りないのか?・・・じゃぁ、試合できないじゃないか?・・・だったら何で事前に知らせてくれなかったんだ?そしたら今日、我々はここへ来なくて済んだんだ。ブツブツ。・・・。・・・」

坂本が監督として指導するTSVイッフェルドルフのD-ユース(小学校5、6年生)のチーム
坂本が監督として指導するTSVイッフェルドルフのD-ユース(小学校5、6年生)のチーム

0-X、アウェイチームに勝ち点3?


 たぶん相手チームの監督は、こう叫んでいたと思われる。話し始めて彼はだんだん興奮してきて、後半はほぼ叫んでいた。当時の坂本のドイツ語能力では、このような緊急事態における会話を聞き取ることはまだできなかった。もちろん、それに対応して発言することも。

 

 相手チームの監督は、烈火の如く怒り狂い始めた。アウェイの試合へチームを連れてきたにもかかわらず、試合が成立しないだけでなく、相手チームの監督のドイツ語がしどろもどろなのだから、ある意味仕方なかった。

 

 彼は坂本との会話を早々に打ち切り、クラブハウス(下の写真を参照、ただしこの写真は日本から視察団が訪問した際の様子)へ駆け込んだ。たまたまその場に居合わせたクラブハウスの女主人の旦那さんのギュンターへと怒りの矛先を変え、彼から試合報告書を受け取り、裏側の特記事項の欄へ「ホームチームの選手数が6人と揃わず、試合は成立しなかった」と記入。その横へギュンターのサインをもらい、試合報告書を持って帰った。

 本来ならば、試合報告書はホームチームが管理して、該当するリーグ運営者へ郵送することになっている。

 

 順を追うと、最初にホームチームの監督が作成し、試合後アウェイチームの監督に記載事項を確認してもらい、大丈夫であればサインをもらう。その後ホームの監督は、この試合報告書を育成部長へ渡し、記載内容に間違いや漏れがないかがチェックされ、問題がなければリーグ運営者へ送られ、その週末の試合すべての結果が集約されるシステムとなっている。

 

 ちなみに、選手の数が試合成立の7人に達しなかった今回のケースでは、アウェイチームの0対Xでの勝利として処理され、勝ち点3がアウェイチームへ与えられる。

 

 指導者資格B級ライセンス(現在はC級)の勉強の中に選手の移籍などの規定や管理に関する項目もあったが、この日坂本が直面した例外的な事態における「試合報告書の記入の仕方」については、まだ知る由もなかった。

TSVイッフェルドルフのクラブハウス。写真の左側に駐車場がある
TSVイッフェルドルフのクラブハウス。写真の左側に駐車場がある

コーチ会議に急きょ会長が出席!坂本監督、絶体絶命!


 後日コーチ会議が開かれ、U19以下のコーチ達がクラブハウスへ集められた。異例ではあるが、そこには会長も同席していた。

 坂本も出席はしたものの、Dユースの練習があったため、コーチ会議には遅れて顔を出した。

 

 あとで聞かされた話だったが、会長は坂本と直接話したかったため、急きょ参加したとのことだった。話題は当然「なぜ選手の人数が揃わなかったのか?」である。会議の最初から出席した会長はかなりの興奮ぶりで、「何でそんなことが起きたのか?どうして健二は、試合当日選手数が不足していることを事前に把握できなかったのか?」とかなりの剣幕で怒鳴っていたと聞かされた。

 

 実際には、坂本がコーチ会議の場へ現れてから、会長は坂本へ何も言わなかった。その前に興奮して怒鳴り散らし、どうやら疲れ果ててしまっていたようだった。

 しかし、なぜ会長がそこまで怒ったのか?もちろん一義的には、選手たちに試合を提供できなかったことが原因である。子供たちの週末の楽しみを奪った形になってしまったのだから。

 

 そして理由は、もう一つ存在していた。それは、罰金である。試合当日相手チームが対戦相手の会場まで来たにもかかわらず試合を行えなかった場合、そのホームのクラブは数十マルク(おそらく現在の1、300円程度)をバイエルン州サッカー協会へ納めなければならなかった。

 その協会へ払う罰金を当事者の指導者から徴収するクラブもあるが、有難いことに坂本は何も要求されないまま一件落着となった。

坂本が住むペンツベルク市の隣りにあるイッフェルドルフ村に横たわるオースター湖 出典元:Die Osterseen
坂本が住むペンツベルク市の隣りにあるイッフェルドルフ村に横たわるオースター湖 出典元:Die Osterseen

よく知る二人がひそひそ話、何やら不穏な動き?


 それから数日後坂本は夕食をとるため、クラブハウスから数百メートル離れた所にあるレストランへ入った。ドイツで一般的なカードゲーム「スカート」が、店内所狭しと盛大に行われていて、結構うるさかった。

 

 そんな喧騒の中スカートもせず、真面目に話す二人が坂本の目に飛び込んできた。クラブハウスの女主人の旦那ギュンターと、坂本のチームのキャプテンのお父さんビンズィーだった。二人とも自分が入ってきたことに気付いたが、いつものように話し掛けては来ない。ほとんど無視した格好。何か様子がおかしい。    

 

 坂本は空いていた入り口近くのテーブルへ座り、ビールを注文し食事を注文して一人で飲み食いしていたが、二人のひそひそ話はいまだに終わらないまま。          つづく